コロナ禍の発生に伴う三密回避の動きの中で、1990年代末から続いてきた東京圏、特に東京23区への人口転入超過傾向はいったん解消し、郊外部や地方への分散が進行した。また就業場所を規定する産業立地の面では本社の地方移転を実施する企業が増加し、テレワークの導入や就業場所の緩和等就業規則を見直す企業も輩出することになった。
人口動態統計によれば、2022年になって東京圏の人口は再び転入超過の兆しもみられるが、就業規則の見直しや本社・サテライトオフィスの移転等、産業立地の構造的な変化が着実に進んでおり、国土における人口流動、人口分布は新たな局面を迎えたということができるだろう。
人口減少社会の趨勢を展望すると、デジタル田園都市国家構想総合戦略で、東京圏との転⼊・転出を均衡させることが2027年度に達成すべき目標の一つとして位置付けられたように、東京一極集中の是正に向けて、改めてこの機を捉えて、人口や諸機能の分散化のトレンドを定着させることが重要だと思われる。
このような分散型の地域づくりを実現するために、中心市街地(まちの中心)は、引き続き社会的、経済的及び文化的拠点としての役割を果たす必要がある。デジタル社会のもとでも、中心市街地(まちの中心)は依然として集積の経済がもたらす優位性を擁しており、その特性を活かすことで産業立地や各種のサービス機能の立地を通じた拠点形成が可能である。
その際、分散型の地域づくりを進めるうえで特に重要なのは、これまで中心市街地活性化政策で求められていた生活サービスの拠点としての機能を産業が立地する就業の場として拡張することである。地域の稼ぐ力の強化に資する産業の立地拠点として、「身近なCBD(中心業務地区、まちや都市のなかでオフィスや店舗等が特に集積している地区)」としての中心市街地像を目指すべきだと考えられる。
「身近なCBDとしての中心市街地」の実現に向けて、「地域生活圏の拠点形成」「中心市街地活性化2.0」という2つの課題に対応することが望まれる。
(地域生活圏の拠点形成)
「地域生活圏」は、現在、策定作業が進められている第三次国土形成計画で展開されようとしている国土形成の基礎となる圏域である。医療・交通等の都市的機能の提供を可能とする人口の集積条件や経済圏の形成を考慮し、1時間圏約10万人前後の規模が想定されており、分散型国土構造の基盤となる。これからの国土形成に当たっては、広域ブロックの拠点となる中枢・中核都市に加えて、地域生活圏における機能の拡充が課題となると考えられる。
圏域規模の検討に当たっては、地域金融機関、法律・会計等の業務支援機能、大学や高専等の高等教育機関、圏域内外の交通手段(鉄道、バス、空港)、救命救急を担える医療機関、衣・食・住などの総合的な買い物サービス等の機能立地が検討されている。
こうした機能はデジタルを活用したサービス提供が行われるが、リアルな機能立地の受け皿としては、業務機能や、多様な都市機能が集積し、集積のメリットが活かせる中心市街地(まちの中心)の形成を進める必要がある。国土形成計画が展開される中で、中心市街地(まちの中心)において、拠点性を担う産業・機能集積と空間形成を進める必要がある。
(中心市街地活性化2.0の展開)
「身近なCBDとしての中心市街地」の実現に向けてもうひとつの課題は、2021年3月に公表した提言書で提起した「中心市街地活性化2.0」の展開である。
今回、実施した調査結果からも、中心市街地(まちの中心)は、買物等生活行動の中心としてだけではなく、就業の拠点としての性格を強く有しており、地域の産業活動の拠点であることが改めて明らかになった。
今日、求められている中心市街地(まちの中心)の役割は、地域の稼ぐ力を支える業務機能等、まちの中心に立地する産業機能を含み、よりトータルにまちの活性化を担う機能が集積する、新たな多様性を備えた拠点であり、中心市街地活性化方策も、こうした問題意識のもとで組み立て直す必要があるといってよい。コロナ禍のもとで、新たな生産活動、生活行動が浸透することを踏まえ、商店街や生活系の機能に対象を限定した現在の中心市街地活性化の考え方を転換する必要性が高まったといえる。
コロナ禍を経て明らかになってきた新たな課題認識のもとで、改めて、多様な機能集積を通じて、新しい価値の創造に資する「地域における社会的、経済的及び文化的活動の拠点」の実現を目指すべきだと考える。こうした考え方にたって、これからの中心市街地(まちの中心)におけるまちづくりの方向「中心市街地活性化2.0」の展開を図るべきである。
これからの地域生活圏域における「身近なCBDとしての中心市街地」の形成に当たっては、「まちの稼ぐ力と集客力の強化」(地域経済)、「多世代のニーズに対応できる機能と空間の整備」(機能・空間)、「まちづくり活動の再起動」(運営体制)を推進することが重要である。
(まちの稼ぐ力と集客力の強化)
コロナ禍を機に、業務機能の郊外立地、地方分散が進む中、地域活性化を実現するためには、本社機能や、高次の専門サービス業等、域外需要を受け止め、対象地域(都市圏)の地域経済を支える基盤産業の集積を形成することが重要である。
集積のメリットを活かせる中心市街地(まちの中心)において、こうした産業の集積を進めることにより、稼ぐ力の強化に資する中心業務地区(CBD)の形成を推進することが望まれる。
これからの中心市街地活性化は、地域再生計画との連携を視野に置き、こうした地域の稼ぐ力を支える産業振興の視点のもとで展開することが望まれる。
地域経済の活性化に当たっては、需要が高く集客力のある小売機能や医療・福祉機能等の立地を進めることにより、来訪者の地域における消費を増やすなど、域外からの消費需要の誘導を推進することも重要である。
また、今後、コロナ禍が終息した場合には観光も大きな集客効果が期待できる。中心市街地(まちの中心)においても、回復しつつあるインバウンド観光との連携も視野において、集客力向上と域内消費に向けた取り組みを展開することが望まれる。
また、外需を誘導するためにも、地域の拠点性向上に資する交通基盤を整備することが望まれる。
地域経済の活性化に当たっては、域外における買物やサービスへの支出等の需要流出を抑え、域内消費を進めることも重要である。域内消費を進めることで、地域内の産業への需要が高まり、雇用機会の創出にもつながることになる。域内消費とあわせて、消費者を対象とする小売業やサービス業だけでなく、対事業所サービス業を含む非基盤産業の立地を促進することが望まれる。
また、域内消費に向けた地域通貨や、クーポンの発行等の仕組みづくりに取り組むことが望まれる。
(多様なニーズに対応できる機能と空間の整備)
機能面では、これまでも中心市街地(まちの中心)で集積が目指されていた、①商業等の圏域に対するサービス機能(非基盤産業、公共施設)、②都市型住宅、➂交通基盤・アメニティに加えて、④業務機能(基盤産業)を構成機能のひとつに位置づける必要がある。業務機能としては、地方分散が注力されている本社機能(事務所、研究所、研修所)の他、システム・コンテンツ等の開発機能や、インキュベーション施設、シェアオフィス等の集積支援機能を立地させることが重要である。
業務機能の立地を通じて増加が見込まれる職住近接型の中心市街地(まちの中心)では、生活者だけでなく、就業者を含む多様な属性を持つ主体が活動する場となるはずである。それだけに、自宅(ファーストプレイス)でも職場・学校(セカンドプレイス)でもない、居心地の良い時間を過ごせる場として「サードプレイス」を形成することが重要である。アンケートで中心市街地(まちの中心)に対して望まれていた公園・緑地等の憩いの空間や、コミュニティ活動の拠点となる交流施設やカフェ等を整備していくことが望まれる。
また、中心市街地(まちの中心)における機能集積の形成に当たっては、立地機能をできるだけ有機的に連携させることが望ましい。例えば、職住近接型の地域では女性が働きやすくするために、まちなかにおける託児所等の整備が重要になってくる。
東京への転入超過が解消されつつある中で、東京圏の若者を中心に大都市圏から地方に移住して就業する「Uターン」「Jターン」「Iターン」(UJIターン)や、都市住民が農山漁村などの地域にも同時に生活拠点を持つ「二地域居住」等への関心も高まりをみせている。
今回実施したアンケート調査によれば、こうしたUJIターンや二地域居住に関心を持つ生活者は、都心居住に対する指向が強い。特に二地域居住を既に実行している生活者の場合5割以上が都心居住者であり、現在は都心居住を行っていない場合も高い関心を示していることから、中心市街地(まちの中心)において受け皿となる都市型住宅を供給することが有効だと考えられる。
アンケート調査から、中心市街地(まちの中心)は、就業、買物を中心に、外食や様々な都市サービスを享受する場としての役割を担っていることが明らかとなった。その一方で、多くの中心市街地(まちの中心)で、空き店舗・空き家・空き地等の遊休施設・遊休地の拡大、賑わいの空間としての魅力の低下、小売業等商業機能の低下などの問題が発生し、地区としてのイメージの低下を招いている。
今後、テレワークやサテライトオフィス等の立地が進展する中で、中心市街地(まちの中心)が地域生活圏における拠点としての役割を果たすためには、こうしたイメージを一新し、求心力を高めることが重要だと考えられる。
新しい生活圏における拠点イメージの定着に向けて、「シビックプライド」と呼ばれる、市民の地域に対する誇りの創造に資する機能・空間整備やまちづくりへの参加機会の提供等を推進することが望まれる。
(まちづくり活動の再起動)
これからのまちづくりに当たって地域が自主性をもって取り組むことが必須であることはいうまでもない。中心市街地活性化計画と地域再生計画の連携に基づく施策の展開や、立地適正化計画との関係の整理等、様々な分野の調整が必要である。こうした中で、自立性をもった地域運営を行っていくためには、主体性をもってまちのあり方「将来ビジョン」を構想し、自ら事業を推進していくことが必要である。そのためにまちづくり会社等の運営機関を整備するとともに、適切なディレクションを行えるプロデューサー人材を配置することが望まれる。
企画力を備えたまちづくり会社等が中心となって、関係者と連携し、地域主体のまちづくりを行うことが基本であるが、地域を取り巻く環境変化の中で、外部地域との交流や、外部機関との連携がこれまで以上に重要になると考えられる。
それぞれの地域が目指す将来ビジョンの具体化にあたっては、できるだけ新しい発想を活かして地域における空き店舗の活用、イベントの開催などの事業を展開することが重要である。この場合、新しい取組を具体化するための検討機会を持つために、社会実験を実施することも有効だと考えられる。
例えば、政府が推進するスマートシティや脱炭素化に向けた取組の場としてエリアを提供することにより、求心力のあるまちづくりが展開できる可能性がある。最近、注目されているタクティカル・アーバニズムのように、参加型でできることから取り組む社会実験を行うことも有意義だと考えられる。
様々な主体が利活用する場としての価値の向上を目指すまちづくりは、できるだけ多くの参加者のもとで展開することが望ましい。アンケート調査によれば、まちづくりに関心を有するという回答が約6割に達するが、実際に活動、参加できているのは15%程度にとどまっている。コロナを機に関心が高まったというこの機を捉えて、参加者の拡大に向けた取組を展開することが望まれる。
参加者の拡大に当たっては、引き続き、活動の中心となっている20代、30代を中心に展開することが望まれるが、あわせて関心を有しているのに参加できていない高齢者の巻き込みが急務である。
まち歩きや、タクティカル・アーバニズムなどの参加しやすいイベント開催を通じて、参加のきっかけ作りをしていくことが望まれる。
東京圏への人口の流入超過が沈静化し、東京圏からのUJIターン、二地域居住等の新しい住まい方が進展する中で、それぞれの地域が置かれている状況を踏まえて取組を展開する必要がある。今後の課題と取組例について、地方都市、大都市圏郊外部、大都市都心に分けて整理した。
(地方都市)
地方都市における中心市街地(まちの中心)は、東京圏からの人口、本社等のオフィス機能の受け皿となることが想定され、CBD(中心業務地区)の整備を推進することが望まれる。地方中枢・中核都市は、こうしたCBD(中心業務地区)の形成が特に期待される地域である。既に各地で本社機能やサテライトオフィスの誘致活動が展開されており、一定の成果があがっている。また、総務省調査で県庁所在都市以外でもサテライトオフィスの立地が進んでいる都市が多いことに示されているように、CBD(中心業務地区)の形成は、中小都市でも展開の可能性がある。また、海外における中心市街地(まちの中心)の整備に当たっては、中小都市であっても、地域経済を支えるクリエイティブ産業の振興や、コンベンション等のビジネス交流を中核機能に据える例が散見される。
地方の広域ブロックや、地域生活圏における拠点形成に向けて、中小都市を含めた拠点形成を進めることが望まれる。
◆群馬県前橋市
◆長野県塩尻市
◆宮崎県日南市
(大都市圏郊外部)
大都市圏郊外部では、コロナ禍のもとでの三密回避に加え、長距離・長時間通勤の見直しが進んだ結果、テレワークによる在宅勤務が拡大している。また、サテライトオフィスの立地なども進む中で、平日の昼間も地域で過ごす就業者が増加している。
大都市圏郊外部においても地域生活圏形成の観点から、こうした昼間人口の増加に対応し、職住近接型の拠点形成を推進すべきだと考えられる。
◆愛知県豊田市
(大都市都心)
大都市都心は、大都市圏全体としての集積が維持されたとしても、既存産業の停滞・空洞化、大都市圏への転入減少に伴い、成長地域と衰退地域の差が拡大する可能性がある。特に、老朽化したオフィスが集積するオフィス街や、老朽住宅が集積する密集市街地では、空洞化が生じる懸念がある。
地方における地域生活圏の形成と並行して、大都市都心では空洞化による弊害を招かないように、再開発による機能更新や、エリアマネジメントの強化による、地域活性化を推進することが望まれる。
◆東京都台東区徒蔵(カチクラ)エリア
◆愛知県名古屋市錦二丁目