今月は、一泊研修です。
10月11日(土)~12日(日)で、岩手県釜石市を訪問しました。
三陸にある釜石市は、東日本大震災で大きな被害を受けました。
当会の会員でも、復興のために釜石で活動しているメンバーがいます。
その会員の案内で、視察が実施されました。
施設の概要や取り組み等について、モールマネージャーから話をうかがいました。
震災を想定した施設は、フロアが高くなり、一時避難者収容場所を設けるなどされています。
また、地元での採用を積極的に進められています。
開業までの取り組みや施設の現況など、詳しく教えていただきました。
とても勉強になりました。
次いで、地元商店街のお店「リビングハウスこんの」で、話をうかがいました。
お店は、釜石市の中心地に立地しており、震災でも大きな被害を受けられました。
しかし、いち早く再開に向けて取り組まれ、3ヶ月後の6月には営業を再開されたそうです。
震災後3年以上になりますが、商店街は難しい状況が続いています。
復興計画により、店の移転が求められるといったこともあります。
様々な容易ではない問題を抱えられていますが、釜石の未来に対するお考えなどもうかがうことができました。
12日の最初の訪問先は、「橋野高炉跡」です。
江戸時代から明治時代まで稼働していた高炉の跡地です。
九州や山口の関連する施設とともに、世界文化遺産登録を目指しています。
インフォメーションセンターの方の案内で、3つある高炉跡を見学しました。
残念ながら完全な形で残っているものはありませんが、昔の様子が想像されます。
特別に、仮設住宅を見学しました。
被災され、住むところを失われた方達にとっては、ありがたい施設です。
しかし、元の住まいから離れて、何年もここで生活することを余儀なくされるその苦労はいかばかりかと、考えさせられました。
釜石で活動している当会の会員も、利用しています。
仮設商店街の「鵜!はまなす商店街」では、商店街の方に話をうかがいました。
釜石市の北東部に位置する、鵜住居地区で被災された方達が、営業されています。
休業日のお店もありましたが、多くの方にご参加いただきました。
鵜住居地区では現在、土地のかさ上げが行われています。
そこで、この工事が終わった後に戻って営業を再開するのかどうかが、大きな課題になっています。
震災前にも少子化や高齢化は進んでおり、かさ上げ後に住民がどれほど戻ってくるのかは見通せない状況です。
しかし、決断のタイムリミットは決して遠くはなく、その苦悩が伝わりました。
鵜住居地区です。
JR山田線の駅があり、住宅や商店などが広がっていましたが、津波によりその多くが失われました。
今は、土地のかさ上げ工事が行われており、工事に利用される土石の小高い山が幾つも見られました。
この場所にあった防災センターで、多くの命が失われたという悲しい出来事がありました。
そこで、追悼施設が建てられています。
現在の施設は、仮のものであるそうです。
「震災語り部」として、鵜住居地区復興まちづくり協議会の方に話をうかがいました。
自宅のある3階建てのビルの屋上にいて助かったそうですが、津波は屋上まで達していたようです。
実際に津波が来るのを確認したので、適切に行動できたそうです。
ただ、建物は解体することになり、現在は仮設住宅に住まれています。
過疎が進む中でどのようなまちを作っていく必要があるか、お考えをうかがいました。
他にも、釜石駅前にある市場「サン・フィッシュ釜石」や土産店のある「シープラザ釜石」などにも行きました。
おいしい魚料理も、たらふくいただきました。
今回の視察では、例年以上に多くのものを受け取りました。
次回の定例会ではワークショップを実施し、事後研究を行います。